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2000/10/14

極楽鳥花

 我が家の庭にはたくさん極楽鳥花が生きている。極楽鳥花は鳥の一種ではない。熱帯性の植物である。その花はなんかの鳥の首に似ている。たぶん鶏に似ているのである。オレンジ色のとさかと青色の嘴を持っている花である。父はこの花を「ストレッチャー」と呼んでいた。ストレッチャーと言えば運送用の担架のことであるが、花の運送業者界隈ではこの花をストレッチャーと呼んでいるのかもしれない。最近調べてみてわかった正式名は「ストレリチア・レギーネ」という、どこかの女王様のような名前である。
 この極楽鳥花は約二十年前、父が買ってきた。最初は植木蜂に入っていた。最初の冬、父はビニールハウスの扱いに失敗したらしく、強風にあおられてビニールハウスは破れて吹き飛ばされてしまった。父はたいへん悲しんだあげく絶望して行方不明になった。というか酔っ払って街中を飲み歩いていた。母は急遽、雪から守るために、その熱帯植物の鉢を家の中に取り込んだものだ。
 当初、極楽鳥花は大切に育てられた。ビニールハウスは二重になっていた。父は暖房装置を自作した。インチキじみた電気配線をめぐらせて、石油ボイラーを駆動させていた。風呂用のボイラーでドラム缶の水を沸かすのだった。
 いつか父は酔っ払ってドラム缶を盗むために夜うろうろしていて警官にとっつかまったこともあったらしい。ドラム缶では苦労したのだ。古くなって錆びて穴があき始めたドラム缶は父を苦しめた。半田、接着剤、セメント、あらゆるものを塗りたくったが漏れ続けた。父の心もぼろぼろになった。酒をいくら飲んでみても漏れ続けた心は空っぽになっていった。
 やがて暖房は停止され、土中にめぐらせた温水管も撤去された。極楽鳥花は枯れなかった。しだいに弱くなった父は、ビニールハウスを一重にした。極楽鳥花は枯れなかった。しだいしだいに弱くなった父は、冬にビニールハウスを組み立てられなくなってしまった。冬空に極楽鳥花は放置された。雪を被った極楽鳥花の葉は枯れてしまった。春、南国の植物はもの悲しい枯葉の季節であった。やがて父は死んでしまった。
 
 今年も秋。極楽鳥花は青い葉を茂らせている。私はこの不死鳥のような極楽鳥花の林の中に本や布団、残飯などを投げ込んでは日々楽しく過ごしている。