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18歳

島根大学混声合唱団 文集「蛙の子」第11号

  無題

 ついさっき帰ってきたばかりだ。今思っている事は、いかに彼が間抜けで自惚れているかという事だけだ。さっきステップを踏んでいたし、つまらぬ事を書くのである。
 彼は図太くて気になんかしないのだけど、せめてこの腹いせに彼の悪口を書いてやろう。(この事に不満の方は日誌・或いは詩集に非難を書いて下さって結構です。但し名前も書いておいて下さい。そうすると、後でその人はさんざんな目に会うしくみになっております。)定本さんは笑うだろう。定本さんは、悪口を聞くのが好きなのです。追記 大原さんも冗談で悪口を言うのは好きなのです。
 僕は最初ボックスへ何げなく行った。何げないというのは意識行動ではないことを意味するのだけど、この場合、潜在意識の何かの暗示によって行ったのか、それともサイコロでも1が出たように(1を何げなく引用したが、何げないというのは意識的行動ではない事を意味するのだけども・・・・・・1が出たように、偶然立ち上がって歩きだしたのだろうか。あるいは今出かければいいことがあるかもしれないという予知が行動の原動力となったのかもしれない。実際この時の気分を分析してみると、暑さと、のどの渇きと散歩でもすれば何か原稿の構想でも思いつくだろうという希望(この事は散歩したいということを理由づけようと結びつけたことだと思う。)
 ボックスに何げなく行き、しばらくすると向井さんと古城さんがやって来て、僕は氷を得る結果となった。そして、その事を此処に書いた事からも予知の感が外出せしめたことにならないだろうか・・・・・・。ところが催眠術で「蝶蝶が飛ぶのを見れば水が飲みたくなる」という暗示を受けた人が蝶々を見て水を飲んだ時、「どうして水を飲んだのか」と尋ねられれは、のどが渇いたからだと答えるように、(僕の潜在意識の中に予知力を持ちたいという思う心があって)事実を曲げて受けとった、と疑って見る必要があるだろう。
 これより二時間前の僕を三人称で呼んで彼の行動をたどってみよう。彼といえば合宿中、二人の一年生が意味深長に語ったのを覚えているけど、その彼がこちらの彼と同じである可能性はあるかどうか彼は考えるだろうか? とに角、彼と三人称で呼ぶのは、この一人称が、「私ははこう思うのだが、そう思うのは、そう思うのではなくて・・・」などとつまらぬことばかり考え始めるのだから賢明な策であろう。
 彼は何げなく戸を閉めて燈を消さないで(忘れたのではないらしい)彼としては普通の足どりでより道しないで何となくボックスに入った。オーケストラの演奏をやかましいと思いながらも大げさに指揮するおじさんを愉快にながめながら腰をかけた。彼は見回してノート二冊ないのを発見する。そして本に目を通し始める。しばらくすると窓の下を自転車が過ぎる。何となくその乗車員がやってくる可能性があると思って本をもとにもどして気長に待つ。向井さんが最初はいってくる。古城さんも入って来て、ずっと居たのかと尋ねる。彼は考えがまとまらないで何かわからない事をしゃべる。しかも声が小さい。古城さんは聞き直す。彼は「三分」と答える。古城さんは少し驚く。それから彼に写真を見るように勧める。彼は自分の写っている姿を連想して顔をしかめる。彼は自分の写っているのを見るのはもう慣れているので静かに見終える。古城さんは彼がどうしてあまり話をしないのかと尋ねる。全くである。彼は「三分」と言ったきりである。彼が三分間も話続けることはない。彼は自分が頭の回転が遅くて、そういう事ができないと答える。彼がほんとうの事を言う事もあるのである。古城さんはそんな事はないといって、そして彼は頭が切れるうわさがあるとほのめかす。彼は驚き疑う。向井さんは古城さんにそんなことは言うべきでないと言う。古城さんはそれに軽く反発して、原稿は書きあげたかどうか尋ねる。彼は「まだ」と答える。古城さんは彼が昼、かなり書いていた事を告げる。そして最近、彼女が恐ろしい人だという「うわさ」があるが、本当は彼女は優しいのだ、という。彼はそのうわさに対して愉快になって、(向井さんが常に言う「ニヤニヤいやらしい」の方式で)笑う。彼は古城さんの「うわさ」が彼女の想像上の産物で自分が彼女の事をひどく書くのではないかという仮説を立てる。古城さんは彼に食事に行く事を勧める。向井さんが自分にはおごらないのは、おかしいと言う。古城さんは混声内では先輩におごる風習はなくて、先輩がおごるので、彼女も一年の時はずい分おごってもらったと話す。しばらくの間、彼は頭を空回りさせた後、この申し出に応じる。一平食堂に行くことになる。古城さんは向井さんに「たまに男の子を乗せるのもいいものでしょう。」と言った。向井さんは常に笑っていたが、外は暗くてわからなかったけれど、いつものように、一層ニヤッとしたのだろう――そしていつもだと相手は追いかけられて頭をたたかれ(男性では蹴られることもある。)のであるのだけれども向井さんの大事なフルートは既に御帰還されていて、それが原因でもあって、古城さんは珍しく無傷であった。一平食堂に着くと、しばらく彼はボケーと立っていて、二人が入るのについてはいった。彼はこういう所に少なからず苦手なんだろう。彼は向井さんの向いに、古城さんに隣りに座ります。古城さんは向井さんは太っていて彼が向井さんの隣に座ることはできないだろうと言います。向井さんは1Kg痩せたんだと言います。氷が出ると彼はそれをどう食べるかに熱中します。他の事は心の外です。彼は一つの事にしか心を集中できないのでしょう。でも彼は古城さんが、再び彼女は心が優しいのだと言った言葉を聞きます。彼はこの事を忘れないように何かに書いておくかも知れません。彼の代金は古城さんが80%、向井さんが20%払う事になります。来た時と同じ様に、その店の前でボケーとつっ立って古城さんと向井さんを見送ります。「さようなら」彼はアクセントを間違えて言います。帰る途中彼はステップを踏んで駆け出します。きっと全ての欲を捨てようと欲ばったお坊さんの事を考え出したのでしょう。それとも合宿中の人達の事を思い浮かべたのでしょうか。下宿に帰ると彼は何げなく、或いは馬鹿馬鹿しい事を長々と書いて原稿係さんを困らせようと次のように書き始めました。
 ついさっき帰ってきたばかりだ。今思っている事は、いかに彼が間抜けで自惚れているかという事だけだ。さっきステップを踏んでいたし、つまらぬ事を書くのである。
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 書いているうちにうんざりしました。又つまらないシャレのために向井さんを呼び捨てにした事をあやまります。