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2002/1

野 良 犬  

 基本的に私は犬が好きじゃない。どちらかといえば野良犬よりも飼い犬が嫌いだ。野良犬に噛みつかれたことはないが、飼い犬には生涯で二度噛まれたことがある。最初は子供時分、言い争いをしていたとき相手が頭に来て飼い犬をけしかけたので噛み付かれてしまった。私は痛かったので泣いて逃げて帰った。二度目は数年前、電話で論争の後、のこのこ出かけて行くと、うろついていた相手の飼い犬めがいきなり私の足に噛み付いた。思う存分蹴飛ばしてやろうかと考慮していると、飼い主がすぐに間に入って、その生意気な犬をなだめたので蹴れなかった。私は欲求不満だった。もっとも、私は日頃から運動不足で軟弱者なので、実際に犬と闘争していたら、私のほうが更に悲惨なことになっていたかもしれない。
 最初の野良犬の思い出。 子供時分に通学途中、知らない犬に脅された時に、付いて来ていた私の知り合いの野良犬が追い払ってくれた。その英雄的な犬は、悪い人間に捕まっていた伴侶を助け出そうとして非業の最期を遂げたらしいと記憶している。
 最近の野良犬の思い出。 最初、その野良犬は家の前の道に寝そべっていた。私と目が合うと尻尾を振ってのこのこ付いて来た。変な犬だ。玄関前の片隅に居たが、しばらくすると、どこからか連れてきたのか生んだのか知らないが、7匹の子犬が居た。
 現在、野良犬が野良犬稼業を続けるのは難しい。すべての野良犬が悪いやつではない。本来の人道的な観点からすると野悪犬は裁判をして死刑なり無期懲役なりすれば良いのだが、面倒くさいので、良い野犬も悪い野犬も、見つけしだい捕まえて処刑する決まりになっている。善良なる市民には野良犬を見つけたら当局に通報する義務がある。
 そのような困難な状況を生き抜いてきたその野良犬は優秀だった。私のような無責任で良識の無い人間をひと目で見抜いて利用することにしたのだ。この犬は夜になり物音がしたり人が来ると吠えて家の番犬のふりをした。私を見ると尻尾を振って愛想をふりまいた。しかし薄情な私は餌を与えなかった。母犬は何処からか食い物を恵んでもらったか盗んで来て子犬を育てていた。私の通り道に糞を放置するような無礼なことはけっしてしなかったが、持ってきた皿や容器をあちこちに放置した。巣は綺麗に維持していた。仲良く団子状態で寝ていた子犬は成長すると、屋敷内で群雄割拠して、様々な性格の子犬たちはやかましく争うようになった。私の姿を見ると怖いらしくキャンキャン言って逃げた。 多くの飼い犬は人間におだてられて育つと能力もないのに自分が一番偉いと思うようになり人を見下しては馬鹿にして噛み付くようになるのであるが、彼等は自分の分際を知り人間を畏れる。さらに母犬から人間をたぶらかす技術を学ぶと野良犬として立派に生きてゆけるかもしれない。
 やがて彼女は一族を率いてさらに適した環境へ旅立った。あるいは通報されて一網打尽にされてしまったのかもしれない。野良犬の彼女が生涯で20匹の子どもを生むと仮定し、さらに生存環境に変化がないと仮定すると、平均して20匹のうち1匹だけが母になり子供を作ることができる。犬の生涯は短かく迅速に環境の変化に対応できる。環境に適した性質の犬が生き延び、様々な性質の犬を生み育てる。