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隠遁生活2014

 毎日、18時になると、陰気な音楽が流れます。薬師丸さんがモーツァルトのピアノ協奏曲第23番 第2楽章をうのです。そうすると私は一張羅に着替えて、いそいそと自転車に乗ってスーパーマーケットへと出かけます。私は半額投売りの食料をあさましく買い漁ります。しかし油物はアトピーの原因だと思うので買わないようにしています。
 私の家のコンピューターは、様々な時刻に勝手に起動しては、色々な歌を歌います。燃えるゴミの日の朝の歌や、燃えないゴミの日のお知らせの歌声が聞こえるのです。そして第三土曜日のお昼には辛島さんの陰気な音楽が鳴り響きます。コア集会のお知らせです。
 最近、毎日10時の元気な春の歌が追加されました。兄に頼まれた簡単な仕事を告知する歌です。兄が庭に建設した二つ目の温室の中の3つの石油ストーブの炎を消す業務です。依頼内容は厳密に温度で指示されていれば簡単なのですが、晴れていれば消すようにという指令なので面倒です。パソコンで天気予報を見て判断します。コンピューター情報はデジタルなので、晴れ記号か、曇り記号かが明確です。しかし現実の空はPM2.5が飛来などしたりして晴れなのか曇りなのかわけが分からない状態がありがちなのです。
 私と兄とは仲が良くありません。話しかけられないかぎりいっさい話をしません。もっとも、私は普段から誰とも会わないので特別仲が悪いわけではありません。兄の美的感覚と私の美的感覚が違うのです。兄が母屋や庭で活動すると、私にとって美しくない世界が形成されてゆきます。兄の観点では兄の思い描く素敵な世界が発展してゆきます。清教徒的に整頓生活を維持していた母が倒れて以後、兄が次第に庭と母屋の実行支配を浸透させて行きました。車庫と納屋は兄の宝物(ゴミ)で満杯になりました。母屋の部屋も兄の宝物(ゴミ)で満ちていきました。廊下も散乱して次第に歩きにくくなりました。庭も資材の破片や不自然なゴミが放置されます。動脈硬化のように通行の邪魔物が蓄積して行きます。兄は想像力が足りないのか郵便ポストへの通り道を塞ぎます。毎度邪魔物を撤去していると際限ないので私は郵便ポストを移動させました。私の自転車もバイクも次第に居場所がなくなっていきました。兄は私の住処の横側のイチジクの木などを切り倒し、いつのまにか、どこからか温室の燃料用の木材を持ち込んで積み上げていました。それが道に落ちて隣の人に叱られました。しかし私は平和主義者なので、兄の生きがいを妨害しません。兄は愛情がとっても強いので、父が残した南国の植物が枯れてしまうのを受け入れることができなかったのです。ドラムカン風呂、重油ストーブ、鉄骨、溶接、電動工具を駆使して毎夜毎夜熱心に工事を続けています。しかし可哀想なほど不細工な温室は天井も壁も隙間だらけです。